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歴史に出てくる鬼1 「『日本書紀』の鬼」 

 鬼が歴史に初めて姿を現すのは『日本書紀』である。そこで、知切光歳氏の著書を見ていくと、
   朝倉宮の妖異と、朝倉山の鬼については『書記』に詳しい。斉明帝七年、帝は同盟関係にあった百済を扶(たす)けて、新羅を伐つべく兵を派遣し、御自らも皇太子以下を率いて九州に兵を進め、朝倉の橘の広庭の宮に遷(うつ) られた。その時、
    「朝倉ノ社ノ木ヲ斬リ払イテ此ノ(仮)宮ヲ作リタマウ。故ニ神、忿(いか)リテ(御)(おう)殿(との)ヲ壌(こぼ)ツ。亦、宮中ニ鬼火ヲ見ル、是ニ由テ、大舎人(おおとねり)及ビ諸ノ近侍スル人、病死者衆シ」
   斉明帝は老女帝に似合わぬ積極的な帝で、戦をしたり、大土木工事を起こしたりして、国帑(こくど)を費消し、国民はだいぶ恨んでいたらしい。行在所(あんざいしょ)の新築にしても何も神木を伐採するには当たらなかった思う。折りも折、国史に初見の鬼火が燃えたり、得体の知れない疫病のために、多くの侍臣(じしん)たちが倒れたので、時人(じじん)が神の怒り付会(ふかい)するのも肯ける。挙句の果は、七月になって帝御自信が不自由な行宮(あんぐう)で崩御された。寿六十八歳。
   八月朔日、皇太子中大兄皇子が、柩を守って磐瀬の宮まで還御の途中、
    「是ノ夕(ゆうべ)、朝倉ノ山ノ上ニ、鬼有ツテ、大笠ヲ着テ、喪ノ儀(ありさま)ヲ臨ミ視ル。衆ミナ嗟恠(あやしむ)」
   この朝倉山上の大きな笠をかむった鬼は、明らかに実在の鬼と『書記』は見ている。(注1)
と述べている。
 この、朝倉山(福岡県甘木市。鳥屋山の南に連なる山々)で斉明天皇の葬儀見ていたモノは鬼であり、それは笠をかぶり蓑を身につけているというものであった。これは客神(まろうどがみ)と似たものを彷彿させる。実際のところ、このころの人々は、鬼は笠と蓑を身につけていると考えていたらしい。


1.知切光歳著『鬼の研究』(〈大陸書房1987年8月〉第一部「鬼の系譜」/「日本神話の鬼たち」/「怨霊鬼蘇我一族」<105~11ページ>)。引用箇所は<107~8ページ>。
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