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歴史に出てくる鬼 3 「目一つの者」 

 では実際に、鬼とされた目一つの者とはいったい何者であったのか、これについて明解な意見を出しているのが谷川
氏である。谷川氏によると、
   まず結論からさきに言うと、片目の神は、銅や鉄を精錬する古代の技術労働者が、炉(ろ)の炎で眼を傷つけ、一眼を失くしたことに由来すると私は考えている。弥生時代に始まった金属精錬の技術は、中国大陸あるいは朝鮮半島から将来されたものであるが、当時は、そうした技術をもって石よりも硬く鋭い製品を作り出すことは、神にもひとしい仕業(しわざ)として驚歎の的となったことは想像するにむずかしくない。したがって眼をやられた労働者は神としてあがめられた。それが目一つの神の起源にほかならなかったと私は思う。(注1)
とのことである。
 これでは、鬼と神はイコールで結ばれてしまうのであるが、片目の鬼もいるのでここであげることにすると、
   和歌山県牟婁郡色川字樫原には、狩場刑部佐衛門を祀る王子権現というのがある。伝えるところによると、この辺りにヒトタタラという片目片足の鬼が住んでいて、熊野三山へ参詣する旅人を悩ました。そこで刑部佐衛門がこの片目片足の鬼を討ち取って、山林数千町を卿民のために与えたことから、かく祀られているのだという。ヒトタタラは、那智三山の一峰妙法寺の阿弥陀寺の釣鐘をかぶっていたので、長い間この鬼を討つことが出来なかったとか。(注2)
という鬼もいる。
 また、私の記憶が正しければ、イッポンダタラという一つ目一本足の妖怪が奈良県や和歌山県の辺りに出現したという話があったと思うが、ここで注目したいのは、谷川氏のいう片目の神(おそらく鍛冶神の天目一箇命)とヒトタタラの関係である。
ヒトタタラの「タタラ」とはおそらく、製鉄で使う蹈鞴(たたら)のことを指すのだと思う。また、製鉄の課程でこの蹈鞴を踏んで風を送る作業で方足を不自由にしてしまうらしい。隻眼一足の天目一箇命は製鉄民のイメージと重なる。
このことから、片目の神とヒトタタラという鬼は製鉄民として考えていいといえる。
ここで、あらためて最初の問題に戻るが、鬼とは何かと考える上で重要なのは、鬼の語源である。
次回は鬼の語源について続きます。


1.谷川健一著『鍛冶屋の母』(〈河出書房新社、2005年7月〉第一部「鍛冶屋の母」/「弥三郎婆」〈11~54ページ〉)。引用箇所は、〈17~8ページ〉。
2.若尾五雄「鬼と金工」(小松和彦編折口信夫ほか著/怪異の民俗学④『鬼』〈河出書房、2000年10月〉所収〈384~400ページ〉)。引用箇所は、〈390ページ〉。
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